6. 信託を活用した相続対策
- 信託って?
- 信託を設定するには?
- 信託の形態
- 遺言信託と遺言代用信託の違い
- 信託税制のしくみ
- どんな人が使うとよいか
- どんな使い方ができるか
- 遺言代用信託の活用
- 後継ぎ遺贈型受益者連続信託の活用
- 遺言代用信託か遺言か
- 遺言か遺言信託か
信託って?
信託ってご存知だろうか?
「投資信託」とか「土地信託」などを連想して、ちょっと危ないんではという印象をお持ちかもしれないが、相続・事業承継で使えるように平成19年に信託法の法整備が行われ、安全に使えるものになっている。しかしながら、まだまだ「従来の信託」のイメージが強かったり、これらを実現するための商品開発が進んでいなかったりで、実際のところ、実務ではほとんど取り扱われていない。
したがって、今回、本書ではその概略を述べるにとどめておくが、使い方にはかなりのバリエーションがあることから、オーダーメイドで様々なニーズに応えられることができるものと思う。
財産処分でお悩みであれば、是非検討をお勧めする。
信託を設定するには?
- ①信託とは
- 信託とは、財産を持っている人(委託者)が、一定の方法で特定の者(受託者)にその財産の名義や管理・処分権を移転させ、その信託財産を管理・運用・処分してもらうことによって得られる利益を、他の特定の者(受益者)に与える仕組みをいい、委託者は受益者を自由に決めることができるものである。
- ②信託を設定する方法
- 信託を設定する方法は、従来は信託契約による方法と、遺言による方法に限られていたが、信託法が改正されて自己信託による方法もできることとなっている。
信託の方法 | 内容 |
信託契約による方法 | 特定の者との間で、その特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びにその特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(信託契約)を締結する方法 |
遺言による方法 (遺言信託) |
特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びにその特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の目的の達成のために必要な行為をすべき旨の遺言をする方法 |
自己信託による方法 | 特定の者が一定の目的に従い自己の有する一定の財産の管理又は処分及びその他の目的の達成のために必要な行為を自らすべき旨の意思表示を公正証書その他の書面又は電磁的記録でその内容等を記載又は記録したものによってする方法 |
信託の形態
信託の形態は、従来は次の①②の2つしかなかったが、改正により、委託者と受益者が同一である信託や受益者の定めのない信託、事業信託など多様な信託が可能になったことから、今では、③から⑧のような使い方をすることもできるようになっている。
- ①自益信託
- 委託者が受益者である信託(例:貸付信託、投資信託)
- ②他益信託
- 委託者が受益者でない信託
- ③自己信託
- (1)内容
委託者自身が受託者となる信託で、委託者が自己の財産を他人のために管理・処分等 を自らすべき旨の意思表示を一定の手続き(公正証書等)により行う信託(信託宣言ともいう)。
(2)使い方
(例)
法人のある事業部を自己信託(自分に信託)する。
(特徴)
分社と同様の効果が、課税関係なく、しかも簡素な手続きですることができる。 - ④目的信託
- (1)内容
受益者の定めのない又は定める方法の定めのない信託(信託の存続期間は20年を超えることができない)。
(2)使い方
(例)
福祉や子育て支援に信託を設定する。
(特徴)
非営利活動やボランティア活動の民間支援資金の受け皿とすることができる。 - ⑤事業信託
- (1)内容
委託者が信託前に有していた債務を受託者に信託し、かつ、信託財産をその債務の引当てとすることができる信託。
(2)使い方
(例)
法人のある事業部を事業信託(他人に信託)する。
(特徴)
後継者がいないような場合に、第三者に事業信託すれば、収益だけ受け取ることができる。 - ⑥遺言代用信託
- (1)内容
委託者の死亡を始期として受益権を取得又は信託財産に係る給付を受ける権利を取得する受益者(死亡後受益者)について定めのある信託。
(2)使い方
(例)
遺言の代わりに生前に信託をする。
(特徴)
自分の死後における財産処分を生前に確実に行うことができる。 - ⑦遺言による信託
- (1)内容
以前からあった信託だが、受託者が円滑に引き受けができるよう、①遺言に受託者の指定の定めがあるときは利害関係者による信託の引き受けを催告できる、②受託者の定めがない、又は受託者死亡等のときは利害関係者により裁判所へ選任申し立てができることとなった。
(2)使い方
(例)
遺言で特定の者に財産の管理・処分等を信託する。
(特徴)
自分の死後における資産承継と財産管理、処分を自由に指定できる。 - ⑧後継ぎ遺贈型の受益者連続信託
- (1)内容
受益者の有する受益権がその受益者の死亡により消滅して他の者が新たな受益者として受益権を取得する旨の定めのある信託。信託期間は、信託設定時から30年経過時以後に現に存する受益者が死亡するまで、又は受益権が消滅するまでとされている。
(2)使い方
(例)
遺言代用信託もしくは遺言による信託により、財産の承継を2代以上にわたる指定をする。
(特徴)
2代以上にわたる財産の承継を確実に実行させることができる。
遺言信託と遺言代用信託の違い
- ①遺言信託とは
- 遺言信託とは、遺言により信託を設定するもので、遺言者(委託者)が信頼できる者(受託者)に対して、自己の財産(信託財産)を目的(信託目的)にしたがって、管理・処分等する旨を遺言書に記載し、遺言者の死亡によって信託が有効になるものである。
遺言の形式は、特に定められていないので、自筆証書遺言でも公正証書遺言でもいいが、遺言に不備があると無効になるので注意したい。
また、遺言なので、必ずしも実行されるという保証はなく、受託者が拒否したりすると実現できなくなるので、その点にも注意が必要である。
なお、ここでいう遺言信託とは、信託銀行等が行っている遺言書を作成・保管・遺言の執行を行う遺言信託とは別物なので、区別しておいていただきたい。 - ②遺言代用信託とは
- 遺言代用信託とは、遺言ではなく、信託契約によって信託を設定するもので、信託契約締結の時からその効力が発生することから、生前信託とも呼ばれているものである。
遺言信託に比べると確実性があるので、必ず実行させたいという場合は、遺言信託ではなく、この遺言代用信託を使うとよい。
信託の内容は、委託者の生存中は自らが受託者となり、委託者が死亡したときに指定する者に信託の受益権を承継させるというもので、遺言信託と変わるところはない。
信託税制のしくみ
信託税制の概要は次のようになっている。
財務省「平成19年度税制改正パンフレット」 ※画像クリックで拡大します
大別すると、①受益者発生時課税(信託収益の発生時に受益者等に課税、②受益者受領時課税(信託収益を現実に受領した時に受益者に課税)、③信託段階法人課税(信託段階において受託者を納税義務者として法人税を課税)に分けられ、その上で、相続税・贈与税について、相続独自の信託、受益者連続型信託(後継ぎ遺贈型の受益者連続信託)の取扱いと、租税回避の観点から受益者等が存在しない信託の特例を定める形になっている。
どんな人が使うとよいか
信託は、どちらかといえば、税金対策というより財産の管理・処分を自分の思いどおりに実現したいという場合に活用できるものである。したがって、税金対策より財産の管理・処分に重点をおいているという者は検討するとよい。
なお、信託には、生前に信託契約を結ぶ方法と遺言による方法があるが、より確実にということであれば、生前に信託契約を結ぶ方法をとるのがよい。
どんな使い方ができるか
信託を相続・事業承継対策として活用すると、例えば次のようなことができるようになる。
また、信託を使うと、民法の相続概念にとらわれず、自由にその承継先を何代も指定できるので、資産承継や事業承継を自分の筋書きどおり作り上げたいという場合には有効な手段である。
①遺言の代わりに生前に財産の処分方法を決めておく(遺言代用信託)
②財産の処分を2代以上にわたって決めておく(後継ぎ遺贈型受益者連続信託)
③生前に自社株を信託して、後継者に株が確実にわたるようにする(他益信託)
④子供がいない場合の財産処分
⑤障害者である子供の将来の生活を保障
⑥子供に生前贈与した後もその財産を勝手に使わせない
⑦不動産を共同相続させる
⑧不動産の管理処分を特定の相続人を受託者にして認知症に備える
このように、信託を使うと財産の管理・給付・処分について、いろんなことができるようになるので、検討してみるとおもしろい。
遺言代用信託の活用
- ①スキーム
- 経営者が自社株に信託を設定し、後継者を受益者、受益者の死亡後は次の後継者が受益権を取得する旨の信託契約を締結する。
- ②特徴
- ・経営者は、死ぬまで経営権が維持でき、死亡後は、後継者に確実に経営権が委譲できる
・株式の分散リスクが防止できる
・後継者は、経営者の相続と同時に受益者となることから、経営上の空白期間が生じない
後継ぎ遺贈型受益者連続信託の活用
- ①スキーム
- 経営者が自社株に信託を設定し、自らを当初の受益者、自分の死亡時は後継者を受益者とする信託契約を締結する。
- ②特徴
- ・二代先の後継者まで指定することができる。
・受益権を分割して、たとえば長男だけでなく次男にも取得させるようにすれば、遺留分の問題も回避できる。
遺言代用信託か遺言か
遺言代用信託と遺言との違いをまとめると、次のようになる。
遺言代用信託 | 遺言 | |
確実性、円滑性 | 経営者の死亡と同時に相続人等が受益者になるので、スムーズに財産の管理・処分等がすすむ生前に契約を結ぶので確実性がある | 遺言は必ずしも実現できないし、また遺言の執行に時間がかかる |
安定性 | 委託者が受益者変更権を有しないとする信託契約であれば、受益者等が確実に受益権を取得することができるのでその地位が安定する | 遺言はいつでも撤回できることから、受遺者の地位は安定しない |
遺言か遺言信託か
遺言信託と遺言との違いをまとめると、次のようになる。
遺言信託 | 遺言 | |
確実性、円滑性 | 遺言は必ずしも実現できない 遺言の執行に時間がかかる |
|
安定性 | 遺言はいつでも撤回できることから、受遺者の地位は安定しない | |
財産の管理・処分 | 財産の管理・給付・処分を規定している | 財産の管理・給付・処分を規定していない |